2012/01/08

上手になんてできない ―WHITE ALBUM 2 感想(ネタバレ有)―

傑作

作品を評価する基準ってのは人それぞれいろいろあると思います。エロさとか甘酸っぱさとかかわいさとか感動できるとかはたまた性癖とか。
またエロゲみたいなゲームをプレイするやりかたにもいろいろあって、主人公に感情移入したり、ヒロインに感情移入したり、あるいは主人公とヒロインを客観的に眺めたり。
俺はふだん萌えゲとかやるときは客観的に眺めて、主人公とヒロインがいちゃいちゃするのを見てあーかわいいとか悶えてるひとです。

だけど、この『WHITE ALBUM 2』という作品に関しては、ファーストプレイでは徹底的に主人公の春希に感情移入しながらプレイしました、あるいはプレイ「させられた」。選択肢をひとつ選ぶのにも頭を悩ませて、春希ならこうするって考えて選びました。

そうして辿り着いたのが、かずさNORMALです。俺は、この√が一番好きです。この作品を傑作だと思う最大の理由も、この√が存在したからです。雪菜ENDも素晴らしいんですが、そちらは別記事で。


以下、ネタバレ満載かつ超長文ですのでご注意ください(ちなみに以前別のところで書いた文章の加筆修正版です)。


『introductory chapter』から。この章では後に残る傷をいっぱいつけてます。間違いつづける。

まず学園祭ライブ。春希が作詞し、かずさが作曲した『届かない恋』という曲を雪菜が歌う。バンド組んでオリジナル曲で学園祭ステージに立つなんて、表面的にはすげー青春!って感じですし、じっさい当時の三人も無邪気にそう思ってました。でもこれが後で重くのしかかる。

なんでかっていうと『届かない恋』は春希がかずさのことを想って書いた詩だからです。この事実を知ってからこのバンド演奏を見ると、雪菜はピエロですよ。自分の好きな人が、自分以外のことを想って書いた詩を、気持よく歌い上げたわけですから。

そしてステージ終了後、眠っている春希にかずさがキスをし、それを目撃してしまった雪菜が「ずっと三人でいるために、春希とかずさが二人になるのを止めるために」春希を誘い、春希のほうからキスをするシーン。

このシーンの毒は、雪菜は「誘った自分が悪い」と思えるし、春希も「キスした自分が悪い」と思える、というところです。かずさのキスを見てしまった雪菜は決して自分から春希にキスできないし、誘われなければ春希は決して雪菜にキスできないのにもかかわらず。

お前が悪い、と言ってくれる人がいなければ加害者にはなれない。加害者にならなければ、断罪されない。断罪されなければ救われない。

そして、二人(春希と雪菜)と一人(かずさ)になる。三人でいたいと願う雪菜の望みどおり。これも雪菜の願いを「春希が」かずさに押し付けなければ成立しません。三人でいることはかずさの願いではないですから。春希の間違いは、自分の定義する「誠実さ」が相手にとっての「誠実さ」とイコールだと考えたことです。そんなものは傲慢でしかないのに。

三人はしばらく友達としていっしょにいますが、かずさにはすぐ限界が訪れる。温泉で口をつぐんだシーンですね。そして街角でのかずさの告白

あたしの想いを勝手に否定するな!あたしがつまらない男を好きになって何が悪い!

この言葉は、自分の気持ちを優先させることができなかった春希にとっては相当痛い言葉です。
そして、三人でいることにも耐えられず、雪菜を裏切ることもできず、卒業したら海外に逃げようと決めた、かずさにとっても。

逃げると決めたのと同じ弱さの表れが、あの別れの電話ですよね。春希の家のそばからかける。気づいて欲しいっていう甘え。そして、春希と二人で雪菜を裏切り、結ばれるときの、「これでお別れだから」という言い訳。

そして、空港のシーン。雪菜に誘われて見送りに来てしまった春希は、雪菜の目の前でかずさへの想いを隠すことができず、かずさを抱きしめる。

三人はバラバラになって、三人が三人とも「自分のせいだ」という思いを抱えて、『introductory chapter』は終わります。みんながみんなどこかしら間違えて、結果全てがバラバラになって、罪だけが残った。誰かのせいにすることは簡単ですけど、俺は誰も責めたくないです。誰のせいにもなりうるってことは、誰のせいでもないってことだと思うんですよ。それこそ「仕方ない」。



そして三年後、『closing chapter』

春希と雪菜は同じ大学の同じ学部に進学しますが、三年前の決裂から進展することはなく、春希は雪菜から逃げるために別の学部に転部した、というところから開始します。かずさはウィーンにいてすでに賞とかとってピアニストとして頑張ってます。

雪菜も春希も二人とも関係を修復したい、前に進みたい、と思ってます。それなのに関係が修復しないのは、誰も罰を与えないからです。春希も雪菜も「自分のせいだ」と思っているから相手を責めない。贖罪の機会が与えられなければ過去を振りきれるわけがない。前に進めるわけがない。

贖罪に対して、クリスマスの夜に春希が言った「全て無かったことにして、リセットしよう」というのは、罪をなかったことにする、という方法です。これも成功すれば確かに前に進めますから、この言葉を聞いた雪菜は、春希を受け入れようとするわけです。

でもやっぱりリセットなんてできやしないんですよね。なかったことにはできない。かずさは大事なひとですから。このときは、春希がバイト先で書いたかずさについての記事によって、「春希にはリセットなんてできない」と雪菜が気づいて、雪菜が春希を拒絶するわけですが、雪菜自身もリセットはできなかったはずです。

リセットなんて無理だ。でも贖罪は与えられない。じゃあどうすればいい?
春希はいろいろ考えて、みんなに励まされて、雪菜に本心からもう一度告白します。

かずさのことは忘れない。でも、雪奈のことは大好きだ。

最低な台詞にしか聞こえませんが、そうじゃないです。この時、春希はかずさに二度と会いに行かない、と決めたからです。赦されようとは思わないし、なかったことにもしない。罪を抱えたまま二人で前に進むという決意表明です。

この言葉を聞いて、雪菜は春希を信じられるようになります。この言葉は雪菜の本心と同じものですし。さっさとくっつけよって感じかもしれませんが、そんなに簡単ではない。

雪菜は、傷つけられたせいで臆病になってしまった自分の心を信じることができないからです。再び春希と雪菜が結ばれるためには、雪菜が立ち直らなけれならない。

雪菜の傷ついて弱くなった心は、かつて大好きだった歌を歌うことができない、という形で表現されます。春希がかずさを想って書いたラブソングである『届かない恋』に至っては聞くことすら耐えられない状態です。学園祭の時とは違い、もうその意味を知ってしまっているから。

でも、雪菜が立ち直るためには『届かない恋』を歌えるようにならないといけない。だから春希は再びギターを練習し、雪菜のために演奏し、時間をかけて、「歌っている雪菜が一番好きだ」と言って、雪菜に歌わせようといろいろ頑張ります。春希はこの時は正解を選んでます。でもひっどい話ですよねこれ…。雪菜に対してのスパルタが過ぎやしないか。

そして、過去を乗り越えて歌えるようになった雪菜と春希は再びステージに立ち、『届かない恋』を演奏し、二人はついに結ばれます。家族や友人に祝福されながら。テキスト中にあるように「最高のエンディング」です。



でも、この作品はここで終わらなかった。最終章『coda』です。『closing chapter』の「最高のエンディング」から二年後、かずさと春希のストラスブールでの偶然の再会が全てを狂わせる。

かずさと春希が再会して、春希がかずさのほうに心が動くのはまあ最低かもしれませんが、これは『closing chapter』の春希の言葉を否定するものではない、という点には注意が必要です。

なぜなら、『closing chapter』での春希の決意は「かずさに二度と会いに行かない」というもので、そして「かずさを忘れない」というものだったからです。そこには「偶然会ってしまったら」という視点は存在しない。つまり、もともとセキュリティホールになってたわけです。

これはかずさが日本を去るときの決意と同じものです。春希のことは忘れないが、二度と日本には戻らない。

ただ、再会した時点での春希とかずさには若干違いがあります。かずさは再会した時点でもうダメで、想いが溢れてしまいますが、(春希を擁護して何の得があるのかわかりませんが)春希は雪菜との二年間がありますから、再開しただけならかずさに向かうことはなかったはずです。

でも再会したとき、かずさは足を怪我していた。これが春希にかずさに近づく言い訳を与えてしまう。

そして別れる際に、春希は迂闊にも足を怪我したかずさに「ピアノ、聞かせて欲しい」と言ってしまう。足が治らないと弾けないのに。これがかずさに日本に戻る言い訳を与えてしまう。

つまり、『introductory chapter』のラストとは逆で、お互いがお互いのせいにすることで距離を縮めてしまった。ここから春希とかずさの共犯関係が始まります。かずさが日本に来てからはもう止まらない。お互いに、「お前のせいだ」と言い訳して自分から近づき、「自分のせいだ」と言い訳して相手を近づける、というのを繰り返す。一線は越えなくとも、この関係そのものがおっそろしくエロい。

そして、インタビューで訪れた思い出の場所、第二音楽室での、「最後だから」という言い訳にのせたかずさの告白。「最後だから」という甘え。かつて、眠っている春希にキスしたこと、そのときの自分の醜い独占欲の、告白。そして二人は再びキスをする。これはかつての雪菜とのキスとは違い、かずさの告白で、かずさからのキスです。

だからもしこの後、かずさが決意していたとおり、春希がかずさのコンサートに行き、かずさが自身のピアノで別れを告げることができていれば、そこで終わっていたはずです。でも、春希はコンサートに行かなかった。自分の弱さも、自分では自分を止められないということもわかってしまっているから、雪菜に止めてもらうために大阪出張中の雪菜のところに行ってしまう。



こっからは春希√に沿って書いていきます。

大阪に来た春希を雪菜は受け入れてしまいます。自分と春希の絆を信じきれていないから、体で繋ぎとめようとする。でもそれじゃダメなんですよね。だって春希とかずさが会わない、という方法ではダメだったわけですから。かずさと向き合って結論を出さないと、春希と雪菜が結ばれることは決してない。

春希がコンサートに現れなかったせいでかずさは荒れて行方不明になります。かずさを見つけた際にかずさの想いを受け入れてしまうと、春希√になります。ここで流されず、かずさを受け入れなければかずさTRUEに行きますが、俺はここで春希がかずさを受け入れないってのはありえないと思います。

それが初めからできる男ならこんな状況にはなってないですし、雪菜に止めてもらうために大阪に行くわけがないです。できるとすれば大阪に行った時に雪菜に諭される必要があります。ちゃんと向きあえ、と。そしてそれが雪菜√です。

かずさを受け入れてしまった後は雪菜に隠れて付き合います。雪菜との関係を続けながら。かずさは「雪菜といるときの春希が本当で、あたしといるときの春希が嘘」だと言います。また、「日本公演が終わるまでだ」とも。この言葉はかずさの真実ですが、春希からすれば甘美な嘘です。春希はかずさに溺れて止まらなくなります。共犯関係から始まった二人の恋は、共犯関係によって進み、共犯関係に縛られる。

春希は雪菜に嘘をつくのがつらくなって壊れます。罪に耐えられない。そして誰も自分を断罪することのないかずさと二人だけの世界に逃げ込みます。かつて三人でいった温泉にかずさと二人で逃げて、SEXに溺れる。たった二人の嘘の世界のなかで、春希は「嘘の世界における真実」のプロポーズをします。ただしこれは本当の世界における真実ではない。春希は罪を負う決意すら持てていないのだから。

この間ずっとかずさは迷ってます。壊れる春希を見るのはつらい。でもこの二人だけの嘘の世界はかずさにとっては夢のような世界です。かずさにとっての世界とは、自分を愛してくれる人のことでしたから。

でも結局、旅行の最終日の朝、雪の止んだ雪原で、かずさは春希を振ることを決意します。冬の間だけの嘘(ホント)が終わったから。春希を愛することでかずさの世界は少し変わったから。自分を愛してくれる人から、自分が愛する人に。自分では春希を壊してしまう。春希を幸せにできるのは、雪菜しかいない、と気づいてしまったから。

最後に駅の改札で

壊れてくれてありがとう

とかずさは春希に告げ、春希の手を離し、春希を振ります。このシーンは凄まじくみっともないんですが、だからこそ圧倒的に美しい。

そしてエピローグ。かずさが願ったように、雪菜が壊れてしまった春希を支えて立ち直らせ、二人は共に生きていく、というところでこの物語は終わります。

大団円ではないけど、俺はこのラストが大好きです。三人が三人とも消せない傷を負い、三人が三人とも理想に辿りつけない。でも、罪が傷に変わったことで、ようやく前に踏み出せるようになったんですよね。少し悲しいけれど、だからこそ、『introductory chapter』から間違え続けた、上手くできなかった三人のラストとして、最もしっくり来ました。悲しみが残るENDが好きな人(←俺)にはたまらないんじゃないかと思います。

ゲームも長いし、感想も長くなりましたが、まぎれもない傑作です。丸戸さんとLeafのスタッフに感謝