少子高齢化が叫ばれてはや何年でしょうか。どうやら2035年には人口の1/3が65歳以上になるらしいです。しかも少子化。こどもがいなくなってしまう。これはイカン。日本の未来が大変だ!
年寄りがいるのにこどもがいない。つまり、年寄りにとって生きがいともいえる孫がいなくなってしまうのです。老人の孫離れ。生きがいを無くした老人の末路は悲しいものです。すぐにボケてしまうんじゃないか。未来への可能性を秘めて輝く孫を見て、安らかに性を終えることはできないのではないか。悲しいことです。年金なんて要らない。孫が欲しいんだ!
この需要に答えるのがそう、「孫ゲー」です。65禁。CERO JB(ジジババ)。
何もテキトーに言ってるわけではありません。2035年に65歳の爺さんは今年42歳です。そしてこの世代は1995年当時20歳です。おわかりでしょう。エロゲーマーの第一世代です。彼らはADV形式に慣れており、孫ゲーをプレイことに対する忌避感は殆どないはずです。むしろ俺はいますぐプレイしたい。
「何を抜かすこの若造が!俺は65歳になってもほなみんで抜くぞ!」という意見もあるかもしれませんが、20年後のことです。冷静に考えると「そもそもちんこは勃つのか」
いや、バイアグラ使ってほなみんルートをプレイしながら大事な血管ぶちぶち切れまくって死ぬ、というのに快楽を伴った憧れを抱く気持ちは俺にもあります。しかし、それはやはり現時点での憧れであって、20年後に穏やかな孫ゲーを欲しているという可能性を否定することはできないでしょう。
「孫ゲー」 いいと思いませんか?
すぐに気づくのは「おにいちゃん」と「おじいちゃん」の類似性ですね。「おにいさま」「おじいさま」、「にぃに」「じぃじ」。ほう…これは…なかなか…
想定される日常イベントも盛りだくさんです。いくつか挙げてみましょう。孫の名前は便宜的に「ななみ」としておきます。別にさっきまで『Routes』やってたのとは関係ありません
夏祭り
手をつないでいたがはぐれてしまう。迷子になったななみをなんとか見つけ出す。泣いているななみをだっこして、あやそうとするが泣き止まない。そこに花火が打ち上がる。泣きやんで笑うななみ…
はじめてのおつかい
ヒロインしてnじゃなかった孫視点での「はじめてのおつかい」というものの破壊力については言うまでもないことでしょう
お風呂
単にいっしょにお風呂に入って頭とか洗ってあげるだけです。好感度がたまると選択できるようになります。おじいちゃんなら当たり前のお仕事です。いやらしいわけがありません
おねしょ
台風の日に怖がるななみといっしょに布団にはいります。夜中におしっこがしたくなって目が覚めたななみ。おじいちゃんについてきて貰いたくて起こそうとします。ここで選択肢「起きる」「起きない」。「起きる」といっしょにトイレにいきます。「起きない」と…
続いてストーリーについて。単純置換でもいろいろ思いつきますが、ラストシーンだけは決まってます。主人公であるおじいちゃんが死ぬ。孤独死を迎えるBAD END。孫に看取られて穏やかに逝くHAPPY END。孫を身を呈して守って死ぬとかもいいですね。ハードボイルドです。いずれにせよ死にます。「いかに主人公が死ぬか」。哲学的です。哲学は愛の学問でしたっけ?
最後に補足。当たり前ですが、孫なので可愛い男の子もいっぱいでてきます。ハーレムとかあるのだろうか。すごぉい、こどもがいっぱいだあ……
2035年、「孫ゲー」の時代。なんか「〇〇は俺の孫」とか言って頑固なじーさんばーさんが罵り合っている光景が浮かびましたが気にしないことにします。楽しみですね